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【世界のゴルフ通信】 From Europe
中東の2ヶ国に翻弄される欧州ツアー

2022年シーズン開幕戦の「ジョバーグオープン」からヨーロピアンツアーではなく、DPワールドツアーとしてスタートしている。写真は、練習ラウンド中のフランスのフレデリック・ラクロワ。

ドバイマネーで、新興サウジに対抗。
ヨーロッパの文字が消えた

ゴルフ界における無血の中東戦争

 中東で、ある戦争が勃発しようとしている。
 幸い、この戦いは血が流れるものではないが、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(以下UAE)という中東のライバル2国がプロゴルフの支配(中には、魂と言う人さえいるかもしれない)を懸けて戦っている。中東の2国が数十億ドル規模のゴルフ事業を立ち上げるだろう、と予測していた人たちもいたが、それは単に世界最高峰の米国PGAツアーに対抗するものであると思われていた。

 しかしこの2国間の大きな争いは、対米というよりも、欧州に大きな影響をもたらしている。サウジもUAE同様、石油からの莫大な収入だけに依存するのではなく、将来に目を向け、他の産業ででも収入を得る必要がある、と考えている。スポーツに関連する観光業から収入を生むことは、中東の国々の基本計画の中心にあるが、当初、対応が遅かったサウジアラビアは、今になってライバルに追いつこうと積極的になっているようだ。だが、これによって、欧州ツアーがもはや正式になくなってしまうという事態に陥ったのである。

49年間に及ぶ欧州ツアーの終焉と今後の展開

DPワールドとは、ドバイ・ポーツ・ワールドの略。UAEのドバイを拠点とする港湾管理会社で、1999年に設立された世界第3位のメガターミナルオペレーター。UAEだけでなく、サウジアラビア、インド、ルーマニア、香港、中国、豪州、ドイツ、ドミニカ、韓国など世界中にコンテナターミナルを持つ。

 2022年シーズンは昨年11月末からスタートしているが、名称もヨーロピアンツアーから「DPワールドツアー」に変更している。この変化に対して、概ね祝福ムードで、驚くことに、49年に及ぶ欧州ツアーの誇りと伝統が失われたことを痛む声は少なく、むしろもともと欧州ツアーブランドが陥っていた問題について語られるようになった。ドバイから南アフリカのダーバン、さらに遠くの国々まで、数十年にわたって翼を広げ、欧州ツアーというよりも、グローバルツアーになっていた。だが最後は、、長い間スポンサーを務めてきたUAEの恩人(DPワールド)がツアー自体の冠スポンサーになり、もはや欧州ツアーではなくなってしまった。

 今年のツアーの賞金総額は2億ドル(約227億円)超と言われており、今まで賞金額が少なめの試合では賞金額は倍となる計算だ。かつて欧州ツアーは、ツアーの範囲を広げすぎてしまったことに苦しみ、米国のPGAツアーとの直接対決に生き残れるのかという問題に直面するなど、不安定な状況にあっただけに、DPワールドとタッグを組む、という決定は疑問を挟む余地はなかった。
 結局のところ、サウジアラビアに冠タイトル以上のものを乗っ取られてしまうことに比べれば、欧州ツアーの名称を諦めることなど、たいした犠牲ではない、ということなのだ。

DPワールドツアーはサウジへの対抗策?

2021年は欧州ツアーの1試合だった「サウジインターナショナル」。バックボードには、ヨーロピアンツアーの文字が書かれている。今年から、アジアンツアーの開幕戦として開催。

 ライダーカップ・欧州チームのキャプテンを務めたサム・トーランスは、「ある意味では悲しいことだ。だが、正直言って今ほど欧州ツアーのシード権が魅力的だと思う時はない」と続けた。
「キース・ペリー(最高責任者)と彼のチームの行動は素晴らしい! これは単に欧州だけではなく、世界のゴルフにとっても素晴らしいことだ。すごいことだよ。私はこれを聞いて、嬉しく思ったよ」
「これまで慣れ親しんできた欧州ツアーとは様相が変わってくるだろう。なぜなら、世界中のもっと素晴らしい選手たちが、DPワールドツアーに出場するようになるからだ」

 DPワールドと組んだことが応急処置だと言われたら、ペリーたちは腹立たしく思うだろうが、実際そういう一面もある。なぜなら、サウジアラビアが融資しているLIVゴルフインベストメンツ(グレッグ・ノーマンがCEO)がアジアンツアーと10年契約を締結した旨を発表した後に、ドバイが突然、欧州ツアーに対して莫大な投資をすると発表したからだ。サウジに対して脅威を抱いたから、欧州ツアーがドバイと手を組んだと言われても否定できないだろう。

 以前、グレッグ・ノーマンは、2019年の「サウジインターナショナル」開催中に、「プレミアゴルフリーグ」を提案したことを喜んで主張した。
 当時、「サウジインターナショナル」は、欧州ツアーの試合だったが、現在はアジアンツアーの開幕戦で、欧米からは嫌われ者扱いだ。だが、サウジのドアを開けて握手をし、鶏小屋へとキツネたちを導いたのはペリーだった。その結果、ゴルフ事業の土台作りができたサウジは、スポーツ帝国を築こうとしている。また、アジアンツアーからの協力を得ることで、ビッグネームを試合に呼ぶための、正当なプラットフォームを見つけたのだ。このままではサウジマネーによって有名選手たちがサウジ主催の試合に出場するのは避けられない。

2021年「サウジインターナショナル」に優勝した米国のダスティン・ジョンソン。今年、アジアンツアーの傘下に入った本大会にも出場する予定だ。

 だが、ドバイからも大金が流れ込んでいるため、サウジの試合に出なくても十分稼げる、と欧州の選手たちは考えるだろう。いや、もしかしたら選手たちは高額賞金を得ようと両ツアーに出場するかもしれない。
 なお、現時点において、サウジの試合に出場する選手たちに対して、罰金ないしは出場停止といった制裁が課されるのかどうかは、不明である。

Text/Euan McLean

ユアン・マクリーン(スコットランド)
スコットランドを拠点に欧州ツアー、海外メジャーを過去20年以上にわたり取材。

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