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【日本人の五輪物語】
コロナ明けの松山英樹、あと一歩でメダルを逃す

五輪マークの前で記念撮影する日本チーム。左から丸山茂樹(男子ゴルフヘッドコーチ)、松山英樹、星野陸也、畑岡奈紗、稲見萌寧、服部道子(女子ゴルフヘッドコーチ)。 ©️Eiko Oizumi

「メダルを獲れなかった以上は、何の評価もない。悔しい」松山英樹

「ザンダーに気持ちで負けないように」

日本開催のオリンピックで最終日、最終組で金メダルをかけて戦った日本代表の松山英樹。これ以上ない展開に、日本全国のゴルフファンは松山の「金メダル」獲りに大いに沸いたが、銅メダル決定戦の7人によるプレーオフに敗れ、4位に。表彰台にあと一歩届かなかった。

 彼は7月上旬に新型コロナウイルスに感染し、「全英オープン」を欠場。療養中の10日間は、練習もできず、体力も落ちて不安に陥った。その上、1試合もこなすことなくぶっつけで五輪に出場しなくてはいけないという状況だったため、丸山茂樹コーチも「本人は本当にすごく不安だったみたい」と語っていた。

 だが、病み上がりでプレーも本調子ではない松山は、猛暑で体力を奪われながらもそれを言い訳にせず、メダル獲りに全力を尽くした。同組で一緒に回っていたザンダー・シャウフェレは、今年自身が優勝した「マスターズ」の決勝ラウンド2日間を共にしたライバル。「マスターズの時は僕が勝ったけど、明日は絶対に勝つ気持ちでくると思うので、その気持ちに負けないように頑張りたい」と語っていた。

 ホールアウト後は「メダルを獲れなかった以上は何の評価もない」と悔しい気持ちを言葉ににじませていたが、観ていたゴルフファンたちは日本のエースの頑張りに拍手を送っていたことだろう。

「3年後にパリ五輪が控えているが……」の問いに「出たいかと言われれば、あまり乗り気ではない。陸也に頑張ってもらいましょう」と記者たちを煙に巻いた。丸山茂樹ヘッドコーチが「あなたしかいないでしょ? と言われれば、俺がやらねば誰がやる? ですよ」というように、3年後のパリ五輪でも日本代表として今回のリベンジを果たすべく頑張ってくれるに違いない。

 次回、万全の体調で臨んだ松山が、開催地「ル・ゴルフナショナル」で表彰台に上ることを期待したい。

無観客試合ではあったが、大勢のボランティアが大本命・松山英樹のメダル獲得を願い、応援していた。 ©️IGF
最終日、思うようにパットが決まらず、悔しい表情を浮かべていた松山。©️Eiko Oizumi
一時は首位のX・シャウフェレに2打差に迫り、松山の金メダルも見えていた。 ©️Eiko Oizumi

日本人ゴルファー初のメダルを獲得
プレーオフ勝率100%の稲見萌寧

「私はまったく緊張しない楽しめるタイプ」

最終組の一つ前で回っていた稲見。首位のN・コルダに17番ホールで並んだが、最終ホールでボギーを叩き、金メダルを逃した。©️Eiko Oizumi

日本代表の1人、稲見萌寧は日本女子ツアーで今季7勝の最強の女子プロである。その彼女が、ネリー・コルダとリディア・コーという世界を代表する強豪に交じって、銀メダルを獲得するという快挙を達成。日本のゴルフ史上、初のメダルである。

「日本開催で、自分がメダルを獲れたのは今後の人生にとっても名誉なこと。子供たちにも夢を与えることができた。(金メダルはネリー・コルダに決定し、銀メダルを獲得するための)プレーオフになった時、ガッカリしても次につながらないと思った。プレーオフはこれまで勝率100%。そこを貫き通すのが一番だと思った」

 彼女の強さはどこにあるのか?と問われれば、技術の高さもさることながら、ブレのない精神力の強さにあると思う。

 彼女は大会中常に「私は緊張しない。楽しめるタイプだ」と語っていた。初日のスタートでは1組目で1番最初にティーショットをする「オナラリースターター」的な役割を担っていたが、男子の星野陸也が「めちゃめちゃ緊張していた」とドギマギしていたのに対し、「全然緊張しなかった。自分のティーショットで開幕すると思ったら楽しくて」と対照的な受け答えをしていたのは印象的だった。タイガー・ウッズだって試合の最初のティーショットは緊張する。それなのに彼女の場合は緊張感よりも「楽しむ」気持ちの方が優っているのだ。「五輪よりも普段の試合の方が緊張するかも。予選落ちがない分、今週は気楽にできる」とも語っていた。こんな精神状態なら、試合中、どんな状況でも冷静に自分のゴルフに徹することができるし、自分の最大限のパフォーマンスを発揮することができるだろう。これは誰にもない強みだなと感じた。

オリンピックを意識したネイルを指先に施し、気分を盛り上げていた稲見萌寧。©️Eiko Oizumi

松山英樹からエールを受けたことが励みに

稲見が、前週の国内ツアー会場から五輪会場に入った時、松山英樹とすれ違った。その時松山は、コースの状況が今、どうなっているのかを稲見に伝え、男子でメダルが獲れなかった分、女子で頑張って欲しいとエールを送ったという。

 その松山の激励を受け、彼女は自分のゴルフを全うした。メダル獲りのことは気にせず、ただひたすらいいスコアを出し、順位を気にしながらプレーした結果、あと少しで金メダル、というところまでネリー・コルダを追い詰めることができたのだ。亡くなった祖父からの「忍耐」という言葉が座右の銘だという稲見だが、シビアなパーパット、入れどころのバーディパットなど、ここは決めなきゃいけないという場面で、この言葉を思い出しながらプレーしていたという。

「私自身、あまり世界で戦った経験がないので、いまいち自分の立ち位置がわかっていないが、プレーオフをさせて頂いたリディア・コー選手や金メダリストのネリー・コルダ選手もすごい選手だということはわかっているので、その間に挟まれて本当にすごいことだな、と」

 今後はドライバーの飛距離アップが課題だと語ったが、世界の強豪と渡り合えた今回の経験があったとしても、海外挑戦は考えていないという。「時々メジャーにスポット参戦をすることはあっても、日本ツアーを主戦場にして日本のメジャーで優勝し、永久シード権を獲得することが目標だ」ときっぱり。稲見のブレない信念と技術力をもってすれば、これらの目標も近い将来、実現するに違いない。

リディア・コーとのプレーオフを制し、銀メダルを獲得した稲見。 ©️Eiko Oizumi

日本開催を上手く活かしてプレーしたかった

畑岡奈紗 9位タイ

自分としてはもっと調子を上げ、ここに照準を合わせてきたかったけど、それができずすごく悔しい。あっという間に4日間が終わってしまった。日本開催の五輪のメリットを生かしたかったけど、それができなかったのは残念。萌寧ちゃんはすごく調子がよくて、五輪に調子を合わせてきたのは、本当にすばらしい。

最終日は、エースキャディが腰痛のため、急遽、星野陸也のバッグを担いでいた薬丸キャディが代役を務めた。 ©️Eiko Oizumi

ツアー1年目の初めてのティーショットより緊張した!

星野陸也 38位タイ

初日の1番のティーショットは、めちゃめちゃ緊張した。たぶんツアー1年目の初めてのティーショットよりも……。でも、しっかりフェアウェイをキープできてよかった。初日と3日目で伸ばせなかったことがすごく悔しいが、また五輪の舞台に戻ってきたい。

大会初日の1組目の最初のティーショットを放った星野陸也。 ©️Eiko Oizumi

丸山茂樹ヘッドコーチが語る
松山英樹のすごさ

「体調、ショットが本調子でない中、許容範囲に収める技術はさすが」

©️Eiko Oizumi

 松山選手がメダルを獲れなかったのは残念でしたが、それ以上にいいものを見せてもらいました。1打の重みを改めて感じましたね。本人は我々の百万倍悔しい思いでいっぱいだと思います。怒りで煮えくり返っていることでしょう。ザンダーは「マスターズ」で悔しい思いをして、「次は繰り返さないぞ!」という思いが届いたのかもしれない。ゴルフは不思議なスポーツです。

 コロナ明けで体力も回復しておらず、練習もままならないまま迎えたオリンピックでしたが、不安な気持ちを抱えながら、そしてあの暑さでしんどいはずにも関わらず、あのパフォーマンスが出せるのは本当にすごいと感心しています。ゴルフIQの高さも感じるし、攻撃と防御のバランスの良さがすごい。今回は決してショット、パット、アプローチのバランスが良かったわけではないけど、悪いなりに許容範囲に収めてくる技術はさすがですね。

 本当は体調が回復してから1試合出られていれば、いろんなことを確かめてからオリンピックに臨めるし結果は違っていただろうな、と。本人もポツン、ポツンと「1回やりたかったな」と言ってましたからね。本当は悔しかったんだろうな、と思います。

 コロナ禍において異常なほど盛り上がり、メジャーでの日本人の活躍が目立つ最近のゴルフ業界ですが、今回の五輪に対する期待値の高さは僕のLINEに入ってくるメッセージの本数でわかりました。相当期待されているな、と。彼がメダル獲りをしていたら、さらにその熱は上がっていたかもしれませんが、そのチャンスに身を置けたこと自体、本当にすごいことです。

Text/Eiko Oizumi

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