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【世界のゴルフ通信】From Asia 中国期待の星ディン・ウェンイー、アジア太平洋アマチュア選手権優勝による苦悩

今年の「アジア・パシフィックアマチュア選手権」を制した、中国・北京出身のディン・ウェンイー(丁文一)。身長192センチの大型プレーヤーだ。©Asia Pacific Amateur Championship
今年は中国人選手が1、2位を独占。左は優勝したディン、右はチョウ・ズチン。©Asia Pacific Amateur Championship
アジア太平洋ゴルフ連盟のチェアマンを務めるタイムル・ハッサン・アミン氏(中央)から優勝トロフィーを受け取り、感激の涙を流すディン(左)。右はマスターズ委員長のフレッド・リドリー氏。©Asia Pacific Amateur Championship

「マスターズ」「全英オープン」出場権を放棄してプロ入り

今大会後は、どんな結果になってもプロ転向すると語っていたディン。優勝してもその意志が揺らぐことはなかった。©Asia Pacific Amateur Championship

「マスターズ」や「全英オープン」に出場するチャンスは毎年訪れるものではない。
だからこそ、そのチャンスが訪れた時には、ためらわずにつかむべきなのだ。

「アジア太平洋アマチュア選手権」(以下「AAC」)の優勝者に与えられる、ゴルフ界で最も敬意を払われている2大会への出場権は、この地域の最高のアマチュア大会の大きな魅力の一つだ。
それゆえ、第15回「AAC」前に、ディン・ウェンイーが太平洋クラブ御殿場コースで優勝してもアマチュア資格を放棄すると発表した際に、驚きの声が上がったのも不思議ではない。

これまでの「AAC」の14人の優勝者たちは、ゴルフ界最大の2つの最高の舞台でプレーする「一生に一度の」チャンスを逃したくないという思いから、すぐにプロ入りしたいという誘惑に抵抗してきた。
しかし、ディンは毅然とした態度を示し、グローバル・アマチュア・パスウェイ(以下GAP)を通じて2025年のDPワールドツアーでのシード権を獲得する可能性は、現時点では無視できないと明言。
そのメリットは、「マスターズ」と「全英オープン」の魅力をも上回るものだと主張した。

日本に出発する前のインタビューで、2022年の「全米ジュニアアマチュア」の勝者である彼は、次のように述べた。

「どんな結果になっても、『AAC』の後、プロに転向します。『マスターズ』のために半年も待てません。(プロに転向しないと)私にとって大きな損失です」

「私はコーチ、友人、エージェントと何度も話しました。若い選手にとってツアーのシード権を獲得するのは本当に難しいと思います。恐らくこれが(GAPでの)唯一のチャンスですから、それを逃すべきではないんです」

彼が10月にDPワールドツアーカードのGAPで1位にランクインしたことを考えると、長期的な展望においてディンは、このチャンスを逃すわけにはいかないと感じていた。
たとえそれにより、2025年の「マスターズ」と「全英オープン」でプレーすることをあきらめることになったとしても……。

このパスウェイは、現在NCAAディビジョン1の選手ではないアマチュアにも開かれており、プロの世界に進む魅力的な道を提供している。
「AAC」週の開始時点で世界アマチュアゴルフランキング5位だった19歳のディンは、出場メンバー中で他を圧倒する最高ランクの選手だった。
そして、悪天候に見舞われた試合が進むにつれて、ディンが優勝するのは必然だという意識が高まっていった。
そして、実際そうなったのである。

ディンは、グアン・ティンラン、チェン・ジン、そして2度の優勝者であるリン・ユシンに続く4人目の中国人「AAC」優勝者となった。
しかし、宣言していた通り、彼は「AAC」チャンピオンの先人たちとは異なるゴルフの道を歩むことになる。

彼の勝利を受けて、「AAC」を運営する3団体であるマスターズ、R&A、アジア太平洋ゴルフ連盟(APGC)の関係者たちは、ディンの心変わりを密かに期待していたかもしれない。
しかし、大会後の記者会見で、目の前に輝く「AAC」トロフィーを見つめながら、ディンはその決断が想像以上にはるかに難しいものだったと認めた。

DPワールドツアーのシード権を保留?
あるいはLIV入り?

集まったメディアとの興味深いやりとりの中で、彼は2025年に「マスターズ」と「全英オープン」への出場が確約されたことについて、現在の心境を問われた。
ディンは、「出場する前は、この大会で優勝できるなんて想像できませんでした。だからわかりません。これは問題ですね」と率直に述べたのだ。

メディアがその回答に対して、「それはまだ問題ですか? それとも、もう決心したのですか?」という質問を投げかけると、ディンは「おそらく(DPワールドツアーの)シード権を取るべきだと思います」と答えた。
その答えの中には、彼が劇的な方向転換をすることができるという一筋の希望はあったのだろうか?
それはあまり期待できないように思われたが、いくつかの興味深いシナリオがささやかれていた。

まず1つ目のシナリオとして、DPワールドツアーが特別なケースとして、2025年の「全英オープン」終了まで、ディンのためにGAPの枠を空けておくことが考えられる。
それにより、彼はすべての良い条件を享受し、この厳しい決断を避けることができるだろう。

また2つ目のシナリオとして、中国本土進出を狙うLIVゴルフリーグが、巨額のオファーを提示して、彼をLIV入りさせるというものだ。

ディンのキャリアの次のステップがどうなるかについて、まだ若干、不確実な点が残っていたが、御殿場での彼の勝利が「AAC」での4度目にして最後の出場となることは間違いなかった。
2023年のロイヤルメルボルンGCでジャスパー・スタッブスにプレーオフで敗れたディンは、日本でリベンジを果たすことを決意していた…。
そして彼は4ラウンド全てで3アンダーの67をマークし、それを達成した。

キャディを務めた父がバーディーパットのたびに大喜びしていた一方で、ディンは最後まで感情をコントロールし続けた。
いつもは崩れることのない、彼の固いガードが崩れたのは、18番ホールで緊張の3フィートのパーパットを沈めて勝利を確定させた時だった。
彼は叫び声を上げ、パターを放り投げ、拳を振り上げた。
その達成感がさらに彼に押し寄せたのは、テレビで生中継されていた表彰式で、彼が涙を流した時だった。

最終日、優勝を決めるパットが沈んだ瞬間、雄叫びを上げたディン。©Asia Pacific Amateur Championship

「これが『AAC』での最後のチャンスであり、アマチュアとしての最後の大会だとその時悟ったのです」と彼は語った。

ディンの勝利の翌日、御殿場周辺の雲は魔法のように消え去り、壮大な富士山の姿がついに現れた。
今、残されているのは、中国初の男子メジャーチャンピオンになると期待される彼の近い将来を覆う暗雲が晴れ、ディンの「マスターズ」と「全英オープン」への道が、明らかになることだけだ。

Photo/Asia Pacific Amateur Championship

Text/Spencer Robinson

スペンサー・ ロビンソン
(シンガポール)

ゴルフライター、ブロードキャスターとしてシンガポールを拠点に活動。

アジアゴルフインダストリーフェデレーションの最高コミュニケーション責任者。

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