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【新連載】The Winners ~Road To Glory~ ”栄光への道” Vol.1 ニコ・エチャバリア

ゴルフは人生に似ている。
時には勝ち、時には負けることもあるが、努力が実り、運も味方して勝利した者だけが優勝トロフィーを掲げることができる。
今号からは、「栄光への道」を突き進む、彼らの足跡をご紹介していこう。
第1回はニコ・エチャバリア(コロンビア)を紹介。

Nico Echavarria
ニコ・エチャバリア(コロンビア)

©Yoshitaka Watanabe

コロンビアで生まれた3兄弟の末っ子は、ゴルフの才能に溢れ、昨年10月、日本で開催された「ZOZOチャンピオンシップ」で30歳にしてPGAツアー2勝目を挙げた。
南米の若きスターの優勝への道のりを振り返る。

コロンビアのゴルフ一家に育ち、
ジュニア時代から才能を発揮していたエチャバリア

2016年「コロンビアクラシック(PGAツアー・ラテンアメリカ)」でのニコ(左)とアンドレ。©GettyImages

ゴルフ一家に育った末っ子の才能

ニコ・エチャバリアは、ゴルフ一家に生まれ、2歳の時にゴルフクラブを握るという機会に恵まれた。
エチャバリア兄弟の末っ子には、あまり選択肢がなく、コロンビアの多くの若者がサッカーに夢中になる中、エチャバリア一家はゴルフをする家庭だった。
エミリオ・エチャバリアは、3人の息子(アンドレ、ミゲル、そして末っ子のニコラス)がゴルフをすることを当然のように考えていた。
ニコのゴルフの上達は遅く、安定感には欠けていたが、3兄弟の中では最もゴルフの才能が期待されていた。
2歳の時、父と祖父に地元のゴルフ場に連れて行かれ、将来の職業への道が開かれたものの、タイガー・ウッズのようにその当時から才能が開花したわけではなかったのだ。
3兄弟と父は、メデジンにあるリャノグランデ・カントリークラブで多くの時間を過ごした。
そして何度も、エミリオ&アンドレ対ミゲル&ニコのフォアサム(1つのボールを二人で交互に打つ方式)でマッチプレーを行なったが、末っ子のニコにとっては腕を磨くのに素晴らしい競争相手になった。
その後、アンドレはフロリダ大学、ミゲルはミシガン大学のゴルフ部でプレーすることになった。
ニコは「南米選手権」で2勝、サンディエゴのトーリーパインズゴルフコースで行なわれた、あの有名な「キャロウェイ・ジュニア・ワールド」の15~17歳の部で3位タイとなったにもかかわらず、あまり世に知られていなかった。
しかしワシントン州ブレマートンにあるゴールドマウンテン・ゴルフクラブで開催された「全米ジュニアアマチュア選手権」で準決勝に進出したことで、彼に対する評価が変わった。
この時、アンドレがキャディを務めていた。

母国のビジェイガスに影響を受けたニコ

母国コロンビア出身の先輩、カミロ・ビジェイガス(右)の影響を受け、プロの道を目指した。写真は、2023年「メキシコオープン」でビジェイガスと一緒に回り、最後に握手を交わすエチャバリア(手前)。©GettyImages

1994年8月4日、コロンビアのメデジンで誕生したニコラス・エチャバリア・ボテロは、現在、PGAツアーで2勝を挙げている。
彼は昨年の10月、アコーディア・ゴルフ習志野カントリークラブで開催された「ZOZ
Oチャンピオンシップ」の最終ラウンドで67を記録し、ジャスティン・トーマスとマックス・グレイサーマンを1打差で下して優勝。
彼の初勝利は、2023年の「プエルトリコオープン」で、わずか11試合目の出場で、8回予選落ちした後に達成されたものだった。
エチャバリアは、同郷のカミロ・ビジェイガスが2008年の「BMW選手権」で優勝する姿を見て、さらにゴルフで成功したいという思いを強くしたと語っているが、彼には、ビジェイガスのように成功したいという夢があった。
また、タイガー・ウッズとローリー・マキロイも彼のゴルフのアイドルだった。
「全米ジュニア選手権」での活躍後、2013年にエチャバリアはアーカンソー大学に進学し、国際関係学を専攻。
ゴルフで上手くいかなければ、ビジネスの道に進もうと考えていた。
しかし、大学時代に「メキシコ・アマチュア選手権」で12打差で優勝し、「全米アマチュア選手権」への出場資格を獲得。
2017年にプロ転向し、すぐにプロの階段を登り始めた。

PGAツアー・ラテンアメリカ、コーンフェリーツアー、
そしてPGAツアーへと、とんとん拍子に昇格し、「ZOZO」で優勝

1994年8月4日生まれ。コロンビア出身。2017年にプロ転向し、PGAツアー2勝。昨年は、「RSMクラシック」(2位タイ)、「チューリッヒクラシック」(4位タイ)、「ワールドワイドテクノロジー選手権」(6位タイ)などでもトップ10入りを果たしている。©GettyImages
2023年「プエルトリコオープン」でPGAツアー初優勝。コロンビアの国旗を手に、写真撮影に応じるエチャバリア(左)。©GettyImages
2018年「サンパウロ・ゴルフクラブ選手権」で優勝。©GettyImages
昨年の「パリ五輪」にコロンビア代表として、カミロ・ビジェイガスとともに出場したエチャバリア(右)。©GettyImages
PGAツアー・ラテンアメリカでプレーしていたエチャバリアは、2019年度のPGA下部ツアー「コーンフェリーツアー」への出場権を獲得。©GettyImages
2023年からPGAツアーへ昇格。コミッショナーのジェイ・モナハン氏から、PGAツアーシード選手だけが持つことができる、ティファニー製のアクセサリー(?!)を授与された。©GettyImages

コロンビアツアー、コーンフェリーツアー、そしてPGAツアーへ

特に2018年は、彼のゴルフ人生において大事な1年だった。
6月にはアビエルト・デ・ゴルフ・クラブ・カンペストレ・デ・カリで開催されたコロンビアツアーでプロ初優勝を果たし、2か月後にはアビエルト・クラブ・カンペストレ・デ・メデジンで開催された試合でも優勝。
その後も勢いは止まらず、PGAツアー・ラテンアメリカでは、9月の「サンルイ選手権」、10月の「サンパウロ・ゴルフクラブ選手権」で優勝を果たした。
次のステップはコーンフェリーツアーで、そこで安定した成績を残すまでには少し時間がかかったが、アーカンソー大学でゴルフをしていたベネズエラ出身の彼女、クラウディア・デ・アントニオのサポートもあり、最終的にコーンフェリーツアーでトップ10入りを6回果たし、ポイントリストで41位にランクイン。
PGAツアーへの切符を獲得した。

「今頃、母が泣いているかもしれません」と、PGAツアーのシード権を獲得した際に彼は言った。

「この状況がまだ信じられません。チーム、コーチ、キャディ、そしてここで応援してくれるガールフレンドと一緒に成し遂げたことを誇りに思います。今の気持ちを、どういうふうに言葉にしたらいいのかわかりません」

プエルトリコでの勝利で、P GAツアーでの地位が確立されたが、「ZOZOチャンピオンシップ」での勝利はさらなる特典と達成感をもたらした。

「信じられないですね。この瞬間はとても特別です」

「これでPGAツアーで2勝目を挙げましたが、PGAツアーで2勝する人はそんなに多くいない。この瞬間をできるだけ楽しんで、次の試合に備えたいと思います」

エチャバリアはこれまでにメジャーに3回出場しているが、4回目の出場となるのは、「ZOZOチャンピオンシップ」の優勝により資格を得た4月の「マスターズ」で、初出場となる。
メデジンのリャノグランデ・カントリークラブで戦った家族でのマッチプレーから、長い道のりを経て、ようやくここまで辿り着いた彼は、「クレージーな旅ですね」と語った。

そう、クレージーで、しかも素晴らしい旅。そしてこれからはさらに素晴らしいものになっていくことだろう。

Photo/Yoshitaka Watanabe, Getty Images

Text/Dave Shedloski

デーブ・シェドロスキー(アメリカ)
長年にわたり、ゴルフトーナメントを取材。著書にアーノルド・パーマーの伝記『A Life Well Played』やジャック・ニクラスの『ゴールデン・トワイライト』などがある。

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