U.S.OPEN
2025年6月12日〜15日/Oakmont Country Club(米国・ペンシルバニア州)・7372ヤード・パー70
体調不良の娘のために真夜中、薬局へ……
父の日に手に入れた大きなご褒美
J.J.スポーン、涙の「全米オープン」初優勝!
優勝 J.J.Spaun

1990年8月21日生まれ。175cm、84kg。2012年にプロ転向。2016年以降、PGAツアーを主戦場にし、2022年「バレロ・テキサスオープン」でツアー初優勝。「全米オープン」優勝で、フェデックスカップ6位、世界ランキング8位に浮上。©Eiko Oizumi



世界のスーパースターではなく、普通の男が「全米オープン」優勝
豪雨と霧に見舞われ、厳しいコンディションの中行なわれた「全米オープン」最終日。
初日にノーボギーの66(4アンダー)を記録し、単独首位に立ったJ・J・スポーンは、最終ホールで約20メートルの劇的なバーディパットを沈め、2位のロバート・マッキンタイヤーに2打差をつけて「全米オープン」初優勝を飾った。
メジャー初制覇にして、2022年「バレロ・テキサスオープン」以来のツアー通算2勝目。
今季は「ソニーオープン」3位タイ、「コグニザントクラシック」2位タイ、「プレーヤーズ選手権」2位など好調だった彼が、自身2度目の「全米オープン」で快挙を達成した。
「正直、どんなに調子が悪くても、とにかく1打1打に集中して、自分を奮い立たせ続けようとした。今年一番の違いは、それができたことだと思う。運も味方してくれて、こうして優勝トロフィーを手にすることができた」
小さい頃からプロゴルファーになるための英才教育を受けたわけではないというスポーンは、16歳、17歳で「全米ジュニア選手権」に2回出場したのが、初めての全米ゴルフ協会(「全米オープン」も主催する団体)の大きな試合だったという。
その頃から自分の可能性を感じるようになり、ジュニアゴルフ、大学ゴルフ、プロ転向と一歩一歩進み、PGAツアーで優勝することもできた。
しかし、昨年の今頃は「全米オープン」にも出場できず、世界ゴルフランキングでは162位と低迷。
「去年の6月には仕事を失いかけていた。このまま終わるなら、最後くらい自分らしくやりきろう。とにかく自分のスイングにコミットし、結果はどうあれ、自分が納得できるスイングをしよう」という気持ちで今大会にも臨んでいたという。
「とにかく諦めなかった。これまでも、どんなレベルでもスランプを経験してきて、その度に乗り越えてきた。〝これまでだって乗り越えてきた〟と自分に言い聞かせてプレーした。まぁ、このパターンは繰り返したくはないけど(笑)、今日は自分にとって最高の1日になった」
昨年から今年にかけてのメジャー優勝者の顔ぶれを見ると、世界のスーパースターの名前ばかりが並ぶ。
スコッティ・シェフラー(2024年「マスターズ」、2025年「全米プロ」)、ザンダー・シャウフェレ(2024年「全米プロ」「全英オープン」)、ブライソン・デシャンボー(2024年「全米オープン」)、ローリー・マキロイ(2025年「マスターズ」)という具合だ。
今大会前には飛ばし屋有利のオークモントで、シェフラーやマキロイ、デシャンボーらの名前が優勝候補に挙がっていたが、実際優勝したのは平均飛距離304.6ヤード(63位)の〝普通の男〟スポーンだった。
スポーンの試練はコース外でも


初めてのメジャー優勝を前に、肉体的にも精神的にも不安要素なく万全の態勢で最終日を迎えたいところだったが、最終のラウンド直前に、あるアクシデントが起こった。
娘が真夜中に体調を崩し、夜中の3時に薬局に駆け込んだのだという。
「実は娘が夜中に嘔吐して、朝方3時に妻が〝バイオレットの吐き気が止まらない〟と。それでCVS(薬局)に走ったんだ。朝からバタバタで……。でも、試合の緊張をかき消す意味ではよかったのかも。家に帰ると子供達がいて、ゴルフのことなんて忘れさせてくれる。それが僕にはちょうどいいんだ」
寝不足がたたったせいなのか、あるいは優勝争いの緊張感からか、最終日は序盤から波乱の展開だった。
1番ホールから3連続ボギー。
特に2番ホールでは、ピンを直撃した2打目がグリーン奥にこぼれ、貴重なバーディチャンスを逃した。
6ホール終了時点で5つスコアを落とし、優勝争いからは脱落したかに見えたが、その後、悪天候のため試合が中断。
約90分のブレークが彼の運命を変えることになる。
「再開後の9番のティーショットを完璧に打てた瞬間、戻ってきた、と感じた」という彼は、15番で再びボギーを叩きはしたが12番、14番、17番とバーディを奪取。
リーダーボードの上位に復活した。耐えに耐えて迎えた18番、雨が強まる中、同伴競技者のビクトル・ホブランのパットから得たライン情報を頼りに打った約20メートルのパットは、ゆっくりとカップへ吸い込まれてバーディ!
18番ホールでバーディを奪ったのは、66人中たった4人(J.J.スポーン、ジョン・ラーム、マット・ウォレス、松山英樹)だった。
カップインの瞬間、天を見上げ、大きくガッツポーズ。キャディと抱き合い、何度もグリーン上を舞った。
「あの中断は、僕にとってはよかった。『プレーヤーズ選手権』でも同じようなことがあって、前半は苦しんだけど、4時間の中断後に盛り返してプレーオフまでいけた(マキロイとのプレーオフの末、2位に終わった)。今回、コーチもキャディも〝これは絶対にプラスになる〟と言ってくれて、本当にその通りだったんだ。ウェアも着替えて、心機一転、気持ちを切り替えられた」
ホールアウト後は、グリーン周りで待つ家族のもとへ。体調を崩した娘も優勝の瞬間に立ち会い、父親の快挙を祝福していた。
そして娘を抱いて、アテスト場へ。
「100%、僕は世界一幸せな男だ。この4日間の締めくくりがこれだったなんて、本当に夢のようだ」と幸せを噛み締めたスポーン。
試合が終わるたびに娘に「パパ、今日は勝ったの?」と聞かれるそうだが、この日、愛娘が自分の目で父親の優勝を見届けたことについて、「最高だ」と語った。
「父の日」だった最終日は、スポーンがプロゴルファーである前に、父親としての責任を果たすことから始まった。
その長く試練の多かった1日をこうして家族と共にメジャー初優勝という形で終えることができたことは、手厳しいオークモントの神様からのご褒美だったのかもしれない。
今回の優勝で世界ランクも一気に8位に浮上し、9月の「ライダーカップ」ランキングも3位に。
来年の「マスターズ」への出場権も得て、シード権の2年延長という特典も獲得できた。
「全米オープン」に初めて出場したのは2021年。
その時は予選落ちに終わり、その翌年には引退も考えたことがあった。
そんな彼を変えたのが、飛行機で偶然観た映画『ウィンブルドン』だった。
世界ランク119位の引退間近のテニスプレーヤーが、恋をきっかけに奇跡の快進撃で決勝進出し、嵐の中断を経て逆転優勝を果たすというストーリーだが、これはちょうど今回のスポーンとよく似ている。
プロゴルファーをやめることも覚悟して挑んでいた今シーズンだが、彼のゴルフ人生は終わるどころか、これからが本番のようだ。
2025 全米オープン 最終成績
優勝 | J.J.スポーン | −1 |
2位 | ロバート·マッキンタイヤー | 1 |
3位 | ビクトル·ホブラン | 2 |
4位 | キャメロン·ヤング ティレル·ハットン カルロス·オルティス | 3 |
7位 | ジョン·ラーム スコッティ·シェフラー サム·バーンズ | 4 |
10位 | ベン·グリフィン ラッセル·ヘンリー | 5 |
12位 | ザンダー·シャウフェレ ブルックス·ケプカ アダム·スコット | 6 |
19位 | ローリー·マキロイ | 7 |
42位 | 松山英樹 | 12 |
予選落ち/フィル・ミケルソン、トミー・フリートウッド、香妻陣一朗、金谷拓実、ダスティン・ジョンソン、ブライソン・デシャンボー、ジャスティン・トーマス、河本力、杉浦悠太
Text & Photo/Eiko Oizumi
Photo/USGA, Getty Images