“危ない!踏み倒されるかと思った!”
レジェンドを呑み込むギャラリーの大波
18番ホールのグリーンに上がる直前で、観客にもみくちゃにされながら前に進むミケルソン(手前)。
今年の「全米プロ」の最終日の中継をご覧になっていた方ならこの光景にビックリした人も多いだろう。
新型コロナ時代にNOマスクの大勢の観客がロープ内に雪崩れ込み、最終ホールで戦うミケルソンのもとに駆け寄ったのだ。
この波に自身も呑まれながら体験したことをレポートする。
1日1万人の観客を入れて実施された「全米プロ」(通常は1日4万人)だが、実際、最終日の観客数はそれを上回る人数だったと言われている。この写真はミケルソンが優勝を決めたシーン。
O嬢の命がけ現地レポート!
昨年のコロナ禍以降、メジャーの現地取材は許可がなかなか下りなかったがこの度交渉の末、ようやくGOサイン。
海外ツアー取材歴20年以上のO嬢がキアワアイランドで見たものは……?
これがアメリカの現実! NOマスク&1万人以上の大観衆
たった1人マスクして歩くO嬢
ロープ内を歩く記者やカメラマンは、マスク着用が義務付けられていた「全米プロ」。
だが、最終日は30度超の暑さで、湿気も強くマスクをつけて歩くのは息苦しいほどだった。
実際、私の他にもマスクを着用していた報道陣はいたが、この写真を見る限り、ミケルソンの周囲にいる人間でマスクを着用していた人は、観客を含めてほとんどいなかった。
最終日の最終18番ホールで、一気に観客たちがロープ内に雪崩れ込み、50歳で史上最年長優勝目前のミケルソンを後押し。
大会2週間前に、ワクチン接種した者は、屋外でマスクの着用は必要ないと発表された州の取り決めにより、マスクをしている観客はほぼ皆無だった。
1万人超の観客でもNOマスクでOK!
この写真を見て、「これは今年の写真なの?」とビックリしている人もいるかもしれない。
日本ではまだまだ無観客で開催する試合も多く、有観客であっても1日最大1000人、というような大会もある中、サウスカロライナ州で開催された今年の「全米プロ」では1日1万人(最終日はそれ以上?!)の観客を入場させ、しかも屋外にいる時はマスクなしで観戦OKだったのだ。
なぜアメリカは、こんなことができるのか?
観客に聞いたところ、ワクチン接種が進んでおり、サウスカロライナ州では大会2週間前には屋外でのマスク着用の義務が解かれたためだ、と語っていた。
実際、観客に対する大会側の注意事項の中にも「インドア&ギャラリー用バス内ではマスク着用のこと」と書かれているだけで、PCR検査を受検して陰性証明書を持ってこいだの、ワクチン接種の証明書を見せろだのとは書かれていない。
感染者数、死亡者数は日本よりも圧倒的に多いが、ワクチン接種が進み、平常に戻りつつある米国と、オリンピック開催すら危うい、ワクチン接種後進国の日本。
たった1年でここまでのギャップが生じてしまったのか、とガッカリすると同時に焦りすら感じた。
1万人のギャラリーがミケルソンの応援団に
さて、本題に戻ろう。
最終日、松山英樹のプレーが終わった後、私は最終組のミケルソンとケプカの後半9ホールを追った。
観客たちの声援は最初、ミケルソンだけでなくケプカにも同じくらい飛んでいたが、終盤になるにつれて徐々に「フィルコール」が多く、大きくなっていった。
“50歳でメジャー制覇”という歴史的瞬間をこの目で見たいというゴルフファンたちの想いが、加熱していったのだろう。
場内にいた老若男女が皆、「あともう少しで優勝だ!」「最後まで頑張れ!」とミケルソンの背中を後押ししているかのようだった。
ケプカとウーストハイゼンに2打のリードをつけて迎えた最終18番ホール、ティーショットは左のラフへ曲がった。
2打目地点に向かって歩いていた時、それまでロープ外から声援を送っていた観客たちが突然、一気にどっとロープ内になだれ込み、警備員たちのコントロールも効かなくなった。
私はその時、選手たちのすぐ後ろについて歩いていたが、みるみるうちに観客の大男たちがドーっとすごい勢いで選手たちの周りに押し寄せてきたので、正直身の危険を感じたほどである。
踏み倒されることはないにしても、ヒジ鉄をくらったり、足を蹴飛ばされることくらいはありそうだ、と覚悟した。
ヒザを手術したケプカは、なおさらこの「カオス」に恐怖を抱いたようで、プレー後の会見では「何度かヒザに観客たちがぶつかってきた。
ヒザを守ろうと必死だった。
今晩アイシングするよ」と語っていた。それくらいの非常事態が18番のフェアウェイでは起きていたのである。
2018年の「ツアー選手権」でタイガー・ウッズが5年ぶりに優勝した時も、最終ホールでこのように観客が押し寄せるシーンがあった。
だが、今回の人数はあの時の比ではない。
しかも、主催者のPGA・オブ・アメリカにとっては、このようなシーンは想定外で、意図したことではなかったのだ。
NOマスクで観戦を楽しんだ米国人たちはコロナ時代の成功者?!
最終日、最終組の後半のプレーを取材していたO嬢(写真左)。
3日目の記者会見で「この後、すぐにやることがあるから」と早めに切り上げたミケルソン。すでに時間は午後7時半を過ぎていたが、会見後は練習場に直行し、ショットとパットの調整に勤しんだ。
シニアになるとこのようなヒザの屈伸もおぼつかなくなるが、彼は日頃からストレッチを行なっており、柔軟性をキープ。
若々しさがみなぎるミケルソンだが、ヤーデージブックを見る仕草からすると、老眼に違いない(苦笑)。
「3密あり・マスクなし」の光景は、コロナ時代を脱却した証?
それだけ、ミケルソンの優勝シーンが予期せぬドラマを生んだと言えるが、一方であの大観衆の大波は、コロナ禍では信じられない光景であり、しかもマスクもつけずに大声で叫びまくっている彼らに対しては少なからず「恐怖」を感じた。
それまでは暑くて息苦しい、と他のカメラマンたちと同様、マスクを外しながら歩いていた私も、「これはヤバイ」とすぐにマスクをつけ直したくらいである。
いくらワクチン接種率が高いとはいえ、100%ではない。
しかもここにいる観客たちが全員、コロナ陰性者だという確証もない。
アメリカの持つ「思い切りの良さ」と「前進力」は羨ましくもあるが、そんなに冒険的でいいのか、と思った。
だが逆を考えれば、日本からワクチンも打たずにやってきた私は、彼らにしてみたら無防備であり、マスクを着用している私の方が逆に怖いのかも、とも思った。
生活を日常に戻すためにアメリカはどんどん前に進んでいる。
日本人のように石橋を叩き過ぎて、遅々として進めないよりもマシだし、建設的だと思った。
私は今回の「全米プロ」で見た光景に、日米の政治の違い、国力の差を見たような気がする。
少なくとも1日1万人の規模で観客を入れたPGA・オブ・アメリカも、マスクをつけずに観戦を楽しんでいた観客たちも、コロナ時代を抜け出した成功者というふうに私の目には映った。
そして危険ではあったが、最後の瞬間にロープ内になだれ込んできた彼らの勢い、熱い気持ちは、この国を動かす原動力にも共通しているんだろうな、とも思えた。
エンディングの感動的な舞台は、彼らの行動なしではあり得なかった。
ミケルソンの歴史的勝利もわざわざ日本から取材に行った価値のある、感動的な瞬間ではあったけれど、その一方であの場にいた日本人として、我が国の対応の遅さ、前進力のなさを思い知らされたような気がしてガッカリしたのも事実である。
日本のゴルフツアーで、1万人規模の観客たちがマスクをせずに観戦を楽しめるのは、いったいいつになるのだろうか?
性急な判断は禁物だが、迅速な行動力と決断力、ある程度の思い切りの良さは興行の回復・成功には必要不可欠だと今回の取材でつくづく思ったものである。
最終日18番ホールのミケルソンのティーショット
©Eiko Oizumi
解説/今田竜二
「ミケルソンのスイングは、飛ばすことを重視したもの。
左足6:右足4の左足体重のアドレスは、アッパーブローで飛ばそうという気持ちの現れですね。
5度のロフト角のヘッドで、左足体重の構えをすることで、飛ばしのインパクトのローンチアングルを作り出しています。
テークバックでヘッドをできるだけ遠くにし、スイングアークを大きくしているのも特徴だが、これも腕の長さや高身長がなせる技。
最後のフィニッシュに注目してほしいが、後ろにそっくり返っている。
これは彼が緊張しながら“マン振り”している証拠。緊張している時は思い切り振った方がミスしにくいことが多いですからね」
Text/Eiko Oizumi
大泉英子
「ゴルフ・グローバル」編集長。国内男子、海外ツアー取材をメインに、男・女・シニア、海外メジャー取材は100試合以上。全米ゴルフ記者協会、日本ゴルフジャーナリスト協会会員。
Photo/Eiko Oizumi、PGA of America Text/Courtesy of PGA of America(Jeff Babineau)