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前回の優勝から5795日ぶりの復活優勝
アンソニー・キムの特別な瞬間

Text/Eiko Oizumi
Photo/LIV GOLF

「LIVゴルフ・アデレード」でLIV初優勝を飾ったアンソニー・キム。

 かつてPGAツアーで戦い、3勝を挙げていたアンソニー・キム。2008年「ライダーカップ」と2009年「プレジデンツカップ」にも出場し、2010年「マスターズ」では3位に入った実力者が、アキレス腱や親指のケガを追い、薬物依存症など私生活での困難も重なって、12年半もの間、ゴルフ界から姿を消し、一時は死の淵を彷徨っていたこともあった。

 そんな彼が2024年にグレッグ・ノーマンに声をかけられ、LIVゴルフ入り。チームには属さずに「ワイルドカード枠」で加入しプレーしたが、2シーズン連続でポイントを獲得することはできず、昨シーズンは個人戦で55位。出場権を失う降格ゾーンに入ってしまった。復活の道は完全に閉ざされたかに見えたが、今年の1月に行なわれた「LIVプロモーションズ(予選会)」では3位に入り、再び今年のLIVゴルフの出場権を自力で掴みとった(ワイルドカード枠)。

 開幕戦の「リヤド大会」では、自身最高位の22位タイに入ると、第2戦の「アデレード大会」からダスティン・ジョンソン率いる4エイシズGCと契約を結び、その直後の初優勝。2010年「ヒューストンオープン」以来、実に5795日ぶり(約16年ぶり)の復活優勝を飾った。しかも、最終日のスタート時点ではLIVゴルフ世界最高峰の2人(ジョン・ラーム、ブライソン・デシャンボー)に5打差をつけられていたが、彼らと最終組で戦い、切れ味鋭いアイアンショットとパッティングを武器に、9アンダーをマーク。通算23アンダーで、逆転優勝を果たし、賞金400万ドル(約6億1200万円)を獲得。個人戦ランキングは、ジョン・ラームに次ぎ、2位に浮上した。

「バーディを量産できることはわかっているし、自己信頼は誰にも負けない。ただ、12年半も競技から離れていれば、信頼を取り戻すには時間がかかる。20代の頃も、誰と戦うことも恐れてはいなかったけど、今もそれは同じ。グレッグ(ノーマン)は、自分に「どれだけ本気か?」と聞いてきたが、当時の僕は酷い状態だったけど、それでもトップに戻れる、勝てると信じていた」

「ただ努力を続けるだけ。毎日1%良くなるという考え方は、死ぬまで持ち続けるし、またトップに戻れない理由はないと思っている」

 キムに人生を生きる意味を与え、ここまで復活させたのは、娘のベラちゃんの存在。「ベラが生まれたとき、エミリー(妻)と僕の人生は大きく変わった。でも、この瞬間を共有できたこと、今はたとえ理解できなくても、いつかわかる日が来る。そのとき、グリーンを走り回って「パパは負け犬じゃない」と知ってもらえたことは、人生で最も特別な瞬間だ」と語った。

 キムがウィニングパットを決めた瞬間、ベラちゃんとエミリー夫人がグリーン上のキムに駆け寄った。そのソーンを見ていたラームは、「18番で娘さんと奥さんを抱きしめている姿を見て、心を持つ人間なら誰もが胸が熱くなるはず。正直、涙が出そうになった」と語った。そう感じたのは彼だけではない。PGAツアー時代のキムを知る、マーク・リーシュマンも、彼の優勝を以下のように振り返った。

「世界中のツアーを見渡しても、最終グリーンで涙をこらえなきゃいけない選手って、そう多くはないと思う。自分も父親だし、娘さんがグリーンに駆け寄って行く姿を見て、彼と奥さんがこれまで経験してきたことを知っているだけに、本当にこれ以上のストーリーはなかなかないと思う」

「ここ数年、彼とはいろいろ話をしたが、彼がどれだけどん底に近いところまでいったか、本当に信じられない話だ。(犯罪歴の影響で)アデレードに来られなかったというレベルの話ではなく、この世にいなかったかもしれないという話。娘さんが生まれた直後は、相当辛い時期があったというが、娘のために人生を立て直した彼は、本当に強く、素晴らしい人間。ゴルフが人生を変える力を持っていることを、これほど示す例はない。奥さんと娘さんがグリーンに駆け寄る姿を見て、これ以上の瞬間はないと思った。心から嬉しい」

 キムは、自身の過去を振り返りながら、「若い頃の僕は、決していい人間でもいいパートナーでも息子でもなかった。でも今の僕は、まったく別の人間。神、家族、そして断酒。この3つが僕の人生の核だ。僕は苦しんでいる人を1000%勇気づけたい。そして『絶対に諦めるな』と言いたい」

 人生を立て直し、強く成長したアンソニー・キムは、ラームやデシャンボーらを逆転し、優勝によって再びゴルフに対して強い自信を取り戻したに違いない。どん底を経験した男は、あとは粘り強く這い上がるだけ。彼のゴルフ人生第2幕は、アデレードでスタートしたばかりだ。

ウィニングパットを沈め、ガッツポーズを繰り出したキム。右は3位タイに終わったブライソン・デシャンボー。
優勝したキムに駆け寄るベラちゃんとエミリー夫人。
優勝争いの末、開幕戦から2週連続で2位に終わったジョン・ラーム(右)。
大勢のギャラリーを従えて、18番ホールでプレーするアンソニー・キム(中央)。

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