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キャディとのみ行動が許される世界
コースでもコース以外でもキャディとのみ食事をしたり行動を共にすることが許されている。写真はリー・ウエストウッド(左)とガールフレンドのヘレン・ストーリーさん。
コロナから安全を守る“バブル”の実態
〝バブル〟の中では、呼吸困難に陥る人たちがいる。
ヨーロピアンツアーは、厳格な安全衛生戦略を導入した保安用の「バイオセキュアバブル(監視制度)」をツアープレーヤー向けに設けた。
それは世間で広く称賛されたが、誰にとっても適している安全システムではなかったようだ。
200万ポンド超が投資され、専門家の医学的アドバイスと政府のガイダンスに基づき、6週間の「UKスイング」(英国の中だけでトーナメントを開催)の間に最大限安全な環境が整えられた。
7月22日にイングランド北部のクローズハウスで開催された「ブリティッシュマスターズ」で〝バブル〟生活は開始され、安心かつ安全なものだったが、同時に不気味なほど落ち着かないものでもあった。
ヨーロピアンツアーは長年に渡って仲間意識溢れる社交的な雰囲気のツアーとして知られているが、選手や関係者たちを全員、試合会場内の宿泊施設に宿泊させたことは、心理テストのようなものだったからだ。
いつもなら、近くのレストランやホテルのバーは、選手やキャディ、ツアースタッフ、マネージャーでごった返し、おいしい料理、素晴らしい仲間、共に笑い合う光景であふれている。
だが、〝バブル〟の中では皆が指定された現地のホテルに滞在し、選手が朝食、昼食、夕食を同席できるのはキャディだけという状況。それが毎日続くのだ。
マシュー・パボンのキャディであるバシレ・ダルベルトは次のように語っている。
「僕はマシューのために働けてラッキーだ。僕たちは本当に気が合うからね。でも、部屋を見回して他のテーブルに目をやると、携帯を見るばかりで互いに言葉を交わさない人たちもいるんだ」
夕食の席の気まずい沈黙を気にするだけで済めばいいが、今回のように今後どうなるかわからない不安な時期は、閉所恐怖症になりそうなトーナメント環境の中で心配と恐怖が濃い霧のように空中に漂っている。
マシュー・パボン(右)とそのキャディのバシレ・ダルベルト。
コロナ感染を防ぐ“バブル”制度の落とし穴
“ビーフ”と呼ばれファンに親しまれている、アンドリュー・ジョンストン。コロナ対策の「バブル」に馴染めない一人だ。
イギリスでのツアー再開初戦となった「ブリティッシュ・マスターズ」の表彰式シーン。ソーシャルディスタンスが取られている。
肉体は守れるが精神面で病む“バブル”
現地に到着する前は、すべての選手、キャディ、ツアー関係者が自宅で新型コロナウイルス感染症検査を実施し、ロンドンの試験所に郵送することが義務付けられている。
結果が陰性であることが確認された場合のみ、会場に移動することが許可されるが、試合会場でもさらに検査が待ち構えているのだ。
綿棒を鼻や喉の奥に突っ込む作業は、選手たちを温かく歓迎する所作とは程遠く、検査結果が出るまでに最大8時間待たされることもある。
そして最終的に”バブル”内へのアクセスが許可されると、いかなる理由があっても、その週の残りの期間はそこに留まらなければならない。
それは交渉の余地のない取り決めであり、そのことを1人のゴルファーが身をもって思い知った。
ジョン・キャトリンは、第1ラウンドの前にキャディのネイサン・マルルーニーと〝バブル〟外にある現地のレストランを訪れたことが判明し、ハンブリーマナーで開催されている「イギリス選手権」に出場できなくなったのだ。
「僕の失態について、仲間の選手やトーナメント関係者全員に謝罪します。私はヨーロピアンツアーの決定を理解し、今回の措置を受け入れます」と29歳のアメリカ人は語った。
他の選手たちも自らの道を歩んでいる。
アンドリュー・〝ビーフ〟・ジョンストンは、非現実的な環境に対する不快感を理由に、わずか9ホールで「ブリティッシュマスターズ」を棄権。
エディ・ペパレルも「精神的」に病んでしまい、翌週に同じような行動をとった。「ヒーローオープン」初日のラウンド後に棄権したのだ。
「同伴競技者たちに悪影響を及ぼしていると感じた」と語っている。
体の健康を守るために実施されている極端な対策によって精神面に悪影響が出ている人たちがいるのは間違いない。
ツアーは、試合を安全に開催するために前例のないやり方で努力をしているのだから、ツアーが悪いわけではない。
また、3試合終了時点ではヨーロピアンツアーの新型コロナウイルス感染者が1件も発生しておらず、これは彼らが見事な仕事をやり遂げた証である。
全員にとってベストではないが、今のところ彼らは最善を尽くしている。
キャディのダルベルトは次のように語る。
「15年間、ヨーロピアンツアーを見てきたが、今の組織は最高だ。しかし、順応するのが難しい人もいる。ビーフはとても社交的な人物で、彼は人に囲まれているのが大好き。大勢の人たちとハイタッチして冗談を言い合うのが好きなんだ。突然それがなくなり、妻を同行させることすらできない。妻がキャディをやらない限りはね。ヨーロピアンツアーは多種多様な文化が入り混じっていて、〝バブル〟制度に比較的簡単に順応できる国々があるのは興味深い点だ。たとえば先週、スペイン人たちがホテルの玄関先に立っていて、タバコを吸っている人もいた。そこにいた5~6人は全員がソーシャルディスタンスを確保しながら、サッカーの話をしていた。典型的なラテン/スペイン文化だ。ところが、北欧の人たちはグループで活動する習慣があまりなく、〝バブル〟文化に慣れやすい」
このヨーロピアンツアーの制度は、渋野日向子がタイトルを防衛しようとしたロイヤルトゥルーンでの「全英女子オープン」など、他のゴルフツアーの手本になっている。
バブル内の規制はヨーロピアンツアーモデルと同様だ。
現地では入場が許可されたメディアの行動が厳しく制限され、全員が同じホテルに泊まるよう要求されていた。
だが残念だったのは、世界的に有名で象徴的なリンクスコースで開催される素晴らしい女子の大会に無観客だったことだ。
しかし、この激動の年においてあらゆるスポーツがそうであるように、試合がないよりはマシである。
優勝者をアイアンのアーチで迎える選手仲間たち。握手やハグ、ハイタッチなどは禁止されているため、考えられた迎え方だ。
ヨーロピアンツアーのスタートホールにはスコアカードの他、消毒液、袋詰めされたティーなどが一人ひとりに置かれている。
ティーイングエリア上にはキャディバッグの置き場所の指示が書かれている。これもソーシャルディスタンスを取るための工夫。
Text/Euan McLean
ユアン・マクリーン(スコットランド)
スコットランドを拠点に欧州ツアー、海外メジャーを過去20年以上に渡り取材。