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父からのメッセージ「雨垂れ石を穿つ」が教訓
「全米プロ」で初メジャー優勝
          ザンダー・シャウフェレ

Text/Eiko Oizumi
Photo/PGA of America

優勝トロフィと一緒に記念撮影するザンダー・シャウフェレ(中央)。左はキャディのオースティン・カイザー氏、右は昨年11月からコーチを務めるクリス・コモ氏。

 東京オリンピックで金メダルを獲りながらも、長年、メジャー優勝には縁がなかったザンダー・シャウフェレが、メジャー28試合目にして、「全米プロ」で初メジャー優勝を飾った。今回の優勝で、PGAツアー通算8勝、世界ランクは3位から2位に浮上した。またPGAツアーのフェデックスカップのポイントランキングでは、スコッティ・シェフラーに続き、変わらず2位をキープしている。

 3日目を終えて、コリン・モリカワと15アンダーで首位に並んでいた彼は、最終日を7バーディ、1ボギーの65とスコアを6打伸ばし、ブライソン・デシャンボーに1打差をつけて優勝。ようやく「メジャーになかなか勝てない男」の汚名を返上する時が来た。

「本当に素晴らしい気分だ。非常に満足のいく勝ち方ができた。ここ数年、勝てなかったことで、非常に忍耐強くなったよ。勝つことは結果。振り返ると、今日はコースでどれだけうまく対処できたかに、本当に誇りを持っている」

 最終日、最終組で一緒に回っていたコリン・モリカワはスコアを伸ばせず15アンダーのままで終わったものの、2組前で回っていたブライソン・デシャンボーとビクトル・ホブランはスコアをぐんぐん伸ばし、シャウフェレに並んで首位タイになることもあった。デシャンボーは、持ち前のパワーと飛距離でコースをねじ伏せ、この日ベストスコアタイの64で回っていた。最終ホールでデシャンボーは、バーディパットを決めてシャウフェレと同様、20アンダーで首位タイに立った瞬間、大の字に手足を広げ、喜びを爆発させた。

「自分にはがっかりしているが、良いプレーはしていた。でもショットは1週間、いい状態ではなかった。Bゲームという感じだった。パッティング、ウェッジゲーム、ショートゲームはA+だけど、ティーショットはB。それでも、メジャーで20アンダーでプレーできたんだから、うまく対応できたことを誇りに思うよ」(デシャンボー)

最終ホールでバーディを決め、首位タイに立ったブライソン・デシャンボー。

 ホールアウト後は3ホールのプレーオフに備えて、練習場に向かったデシャンボーだったが、シャウフェレが最終ホールでバーディを決めたため、プレーオフに進むことなく優勝者が決まった。

「これを勝ち取るんだ。この瞬間に集中するんだ!」と言い聞かせながらプレーしていたシャウフェレは、1打差でデシャンボーの猛追を振り切り、優勝した。

「ブライソンとのプレーオフには持ち込みたくなかった。18番ホールをプレーオフで回るのに、彼の飛距離と戦うのは楽しいことではないからね。18番ホールのパットはとても緊張していた。幸い、上りのパットで約6フィート(約2メートル弱)だった。真っすぐに打つことにしたけど、実際には左に行き、左側の壁に当たった。カップに入った瞬間は覚えていませんが、皆の歓声を聞いて、ホッとして空を見上げたよ」

カップインし、優勝が決まった瞬間、手を仰ぎながら、両手でガッツポーズしたシャウフェレ。

 過去、メジャーでトップ10入りを12回経験していたシャウフェレにとって、何度も報道陣に聞かれる「いつ勝つんだ?」という質問は「雑音だった」という。だが、一方でそれを「優勝するための燃料」にも変えていた。前週の「ウェルズファーゴ選手権」ではローリー・マキロイに逆転優勝を許してしまったが、この負けて悔しい思い、苦々しい思いがあるから、優勝した時に「勝利が甘く感じられる」のだという。それがメジャーなら、一層甘かったに違いない。

「十分な努力をして、自分がそれを達成できると感じていた。ただ心を沈めて実行する必要があったんだ。今日はイライラせずに、1番ホールでは『落ち着いて、我慢強く、良いストロークをしよう』と言い聞かせてパッティングした」

 普段、メジャーには両親が同伴することが多いが、父のステファンさんはハワイに、母のピンイーさんはサンディエゴにいた。ステファンさんは子供の頃からのゴルフのコーチでもあり、それは今でも変わらないが、最近では父に代わってクリス・コモ氏が現場でコーチを務めている。

「父は僕のスイングコーチでもあり、メンターでもある。父の目標は、僕の未来を成功に導くことだった。今週も、先週もポジティブなメッセージを送ってくれた。「雨垂れ、石を穿つ」というメッセージをドイツ語で昨晩送ってくれたが、その時は翻訳を聞かないとわからなかった。アメリカ版のそのことわざを聞くと、とても違和感を感じるが、父から聞くと、『これは、僕の知ってるものと似ているな』と感じた。それが僕の父であり、ドイツから来た彼のやり方なんだ」

 シャウフェレは、正しい基礎を築き、良いチームを持つことが重要だと語る。子供の頃からコーチだった父は、今もコーチであり、昨年11月から元タイガー・ウッズのコーチだったクリス・コモ氏とも契約した。コモ氏と父・ステファンさんとも話をしながら、これまで作り上げてきたスイングを壊さずに、テークバックやトップの形など、微調整をしているのだという。これによって飛距離が伸び、ショットの安定感が増した。

「クラブをトップで少しオンプレーンにすることがカギだった。それと肩を少し角度をつけてタテに動かすこと。どうしてもフラットになりがちなので、少しクラブを寝かせ過ぎてしまうクセを防いでいるんだ」

 またキャディのカイザー氏によれば、「スイング改造したことで、飛距離が伸びて、アグレッシブな攻め方ができるようになった」という。 「昔からザンダーはいいスイングをしていたけど、スイングを変えて飛距離が伸びるようになって、狙い目も変わってきたし、今日(最終日)もアグレッシブに攻められた。心構えは変わっていないし、戦略が変わっているわけではないけど、飛距離が伸びたことは大きいね。ザンダーはとても静かにプレーしていて、緊張しているような感じではなかったけど、逆に僕が緊張していた。でもそんな素振りは見せないようにしたよ」(オースティン・カイザー氏)

コーチのクリス・コモ氏(左)とザンダー・シャウフェレ。
3日目終了後、クリス・コモ氏がシャウフェレのスイングチェック。

シャウフェレは、「現在、クリスと取り組んでいるので、父は少し手が離れたが、父はクリスを信頼しており、僕もクリスを信頼している。父が“集中し、実行し、受け入れる”ということを9歳の時から教えてくれたが、それを今日の戦いの中で考えていた」と振り返った。表彰式に出る前に父に電話したが、父は電話口で泣いていて、僕も感極まってしまった。自分の泣いている姿をみんなに見せたくなかったので、もう行かなきゃいけないから電話を切るよ、と言ったんだ」

 メジャーの初優勝が達成できた彼にとって、これは今後の成功の始まりに過ぎない。彼は、「皆、巨大な山を登っている。スコッティ・シェフラーが山の頂点にいて、自分はその山の崖にフックを一つ引っ掛けただけで、まだ登っている最中だ。その丘の途中でビールを一杯飲んで楽しむかもしれないが、大きな視点で見れば、まだまだシェフラーには遠く及ばない」と山登りに喩えて説明した。これからも我慢強く、コツコツと、謙虚に、自分のやるべきことを信じてやり通せば、メジャー2勝目も近いだろう。

表彰式が始まる前に、父のステファンさんに電話で話し、思わず涙ぐむ姿があった。

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