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【全米シニアオープン】リーダーボードの最上位にFUJITAの名前を連ねた5日間

U.S. Senior Open 2024年6月27日〜30日/Newport Country Club(ロードアイランド州)・7024Yards・Par70

全米シニアオープン2位!
優勝できなかったのは残念だったけど……
「感動してもらえて嬉しかった」

藤田寛之(葛城GC)
1969年6月16日生まれ。168cm、70kg。福岡県出身。「日本シリーズ」3連覇など、国内ツアー通算18勝、シニアツアー3勝。43歳で賞金王に。©USGA
小沼泰成キャディ(左)とともに戦った藤田。©USGA
4ホールにわたるプレーオフを終えて、優勝したリチャード・ブランド(中央)と握手する藤田。©USGA

ロードアイランドの風光明媚な名門コース、ニューポートCCで6月末に開催された「全米シニアオープン」。
初日から藤田寛之が首位に立ち、井戸木鴻樹に次ぐ、悲願のシニアメジャー制覇が期待されたが、その夢はあと一歩で潰えた。
帰国直後の藤田の話を交えながら、激闘の1週間を振り返る。

風向きが変わった5日目
“ニューポートの女神”は4日目までだった

4ラウンドを通してフェアウェイキープ率が96%で、出場選手中1位だった藤田。2~3ラウンド目はフェアウェイを外すことはなかったが(100%)、第4ラウンドの再開後(5日目)1ホール目は、ティーショットをラフに外した。©USGA
ビリー・アンドレード(右)から、「頑張って」と声をかけられる藤田。その他、ロッコ・メディエイトらにも声をかけられたという。©USGA

初日から最終日までリーダーボードの最上位に名を連ね、井戸木鴻樹に続く、日本人2人目のシニアメジャー優勝を期待されていた藤田寛之。
4日目(日曜日)が晴天で、最終ラウンドが5日目(月曜日)まで延期されることがなかったら、その可能性も大いにあっただろうが、悪天候のため、4日目のプレーは中断。
藤田はこの日、10番ホールまでを消化し、あと8ホールを残して翌日に延期となった。
この時点で、2位のリチャード・グリーンには3打差をつけていた。

だが5日目を迎え、藤田の様子はそれまでと少し違っていた。
動きにぎこちなさや硬さが見られ、それまでほとんど100%、フェアウェイキープしていたティーショットが、再開後すぐの11番ホールで、ラフにつかまってしまったのだ。
結局、プレー再開後に11番、12番、14番とボギーを叩き、3つスコアを落とす一方、今年の「全米プロシニア」チャンピオンのリチャード・ブランドは、第4ラウンドを66でプレーし、スコアを4つ伸ばしてホールアウト。
藤田寛之と並び、プレーオフに進んだ。

プレーオフは、なかなか決着がつかないまま、4ホール目に突入。
ブランドは2打目をグリーン左のバンカーに打ち込んだものの、3打目は旗竿を直撃する好アプローチでベタピンにつけ、イージーパットでパー。
藤田は2オンできず、3打目のアプローチも寄せきれずにボギーを叩き、ブランドの勝利が決まった。

海外メジャーで連日首位に立ち、海外の大男を相手に優勝争いを繰り広げた藤田の健闘ぶりに、日本のゴルフファンからは「感動した」「ありがとう」などのメッセージがSNSを通じて藤田のもとに寄せられた。
彼がどんなことを考えながらプレーしていたのか、また、今回の優勝争いで何か変化があったのかなど、藤田の言葉で紹介する。

残念だけど、皆さんの心に響いたのであれば、よかった

今年の6月で55歳を迎えた藤田寛之。国内レギュラーツアーにも出場し、「若手のプレーを見ながら、新たな技術やパワー、刺激をもらっている」と語る。©USGA
決勝ラウンド2日間は、チャンピオンズツアーで17勝を挙げているスティーブ・ストリッカー(左)、レフティのリチャード・グリーン(右)と回った。©USGA

本当は優勝できたらよかったんですが、残念ながら2位になってしまいました。
しかし、自分はただ必死にボールを打って、最後は相手を見ながらゴルフをしていただけなんですが、皆さんに「感動した」と言ってもらい、そういうふうに見て頂けたんだなと思うと、驚きだったというか、プロとして一番嬉しかったですね。
正直なところは、やっぱり残念な気持ちというのが一番ですが……。

それは、4日目の途中まで首位だったということ、そのストローク差を考えると、勝てる可能性というのは、やっぱり長年やっていると感じるところが、正直ありましたから。
あのままやっていればどうなるかわからなかったですね。
一晩過ごすことでいろんな考えが湧いて、モヤモヤしてきますから。
ちょっとびっくりしたのは、その4日目が途中でなくなってしまった(中断してしまった)ということで、通常は1日で済む、トップで迎える最終日というのが、2回も訪れてしまったこと。
しかも2回目はショートバージョン(残り8ホール)だったということで、正直、5日目は最初のうち硬くなってしまったことは否めません。
3打のリードも微妙で、変に守ろうとした部分もありました。
回っているうちに割り切っていったら、通常通りプレーできたんですが、プレーオフという結果になってしまって。
まぁ、プレーオフにもよく残れたな、というような最終日の内容だったんですが、そのプレーオフでも不思議な感覚がありました。
2人だけで、メジャーの会場で、どっちか勝った方がメジャーのタイトルを取るんだな、と思うと、今まで30位にも入ったことがなかった男にすれば、なんか不思議な空間と瞬間だったんですよね。
そこで、「来年、アメリカに行けるのかな(チャンピオンズツアーに出られるのかな)?」とか、いろいろなことを考えるものですから、余計に変な力が入ったんですね。
悔いが残るとしたら、プレーオフの3ホール目、左のバンカーに入って寄せきれなかったところ。そこじゃないですかね、勝負は。
しかし最終的に、「悔しい!」という思いは最初の30分だけで、その後は、よくよく考えたらよくやれたんじゃないか、っていうふうに自分の中でも思うようになりました。

それで、SNSなどを見ると、「非常に感動した」「ありがとう」という言葉をたくさん頂いて、びっくりしたんです。
そして日本に帰ってきたら、この状況(スポンサーや関係者、メディア、芹澤信雄、優合子夫人が羽田空港に出迎え)だったんで、自分のやったことの大きさや影響を、改めて感じ、ちょっとビックリしています。
皆さんの気持ちに応えられなかったという部分はありますが、心に響いていたなら本当に嬉しいと思いますね。

「できれば中断せずにそのままいきたかった!」

4日目(日曜日)は悪天候のため、プレーが中断。最終ラウンドの続きは、翌日の月曜日に持ち越された。©USGA
リチャード・ブランド(左)とのプレーオフは、4ホール続いた。©USGA
プレーオフ4ホール目の18番ホールグリーンで、惜しくもパットを外し、シニアメジャー初優勝を逃した。©USGA
スティーブ・ストリッカーは藤田の最終日について「今朝、彼はつまずいたが、その後は持ち直した。最終ホールでは、優勝が決まるかのような素晴らしいパットだった。彼はとても安定していて、常にフェアウェイの真ん中に球をキープし、グリーンに乗せていた。パットもうまい」と語った。©USGA
リチャード・グリーンは、プレーオフ前の藤田について「彼はこの1週間、すごい努力をしてきたし、優勝に値すると思う。今日まで完璧なゴルフをしてきたが、最後は少しプレッシャーがかかったんだろう。彼はとてもよくやったと思うし、この試合に勝つための力を持っていると思う」と述べた。©USGA

再開後の5日目はどんなことを考えていたのか?

もともと、日本をベースにスポット参戦で、メジャーやチャンピオンズツアー(米シニアツアー)に出られるんだったら、ぜひ参加したいという気持ちだったんですね。
だから、もともとチャンピオンズツアーに出たい、アメリカに常駐したいという気持ちはなかったんです。
でも、最終日を迎えてトップに立った時、いろいろ考えて、自分の基本的なスタンスは、メジャーに行って、この空間を楽しんだり、この選手たちと一緒にやれることを楽しんだり、というのがベースなので、それを忘れずに最終日をプレーしようと思ったんです。
でも、時々やっぱり、もしそうなったら、行ってみたいな、という思いがプレー中にも湧いてきました。

中断後の5日目、自分の中では2つのポイントがありました。
1つは、いつも通りの最終日の入り方、つまり自分のいつもの楽しもうというスタンス。
この場所に来れたことを光栄に思って、というスタンスで行った4日目(日曜日の途中まで)はスムーズにいったんですよ。
でも、10番ホールを終えたところで終わって、いったんリセットされた。
その時にまたちょっといろいろと考えたんですよね。
そこまでの結果がいいから、自分の思いも強くなってくる。
そのせいもあって、再開後の過度の硬さにつながってしまったんじゃないか、と。
それと、2つ目のポイントは、風。風が変わったんですよ。
朝、スマホを見て、風を確認した時に、風向きが違う、今までに経験したことのない風向きに変わっているとわかった。
ずっと練習日から、同じ風向きだったんで、その時に「この風、嫌だな」と自分で思っちゃったんですよね。
その2つによって、5日目のぎこちないプレーが生まれてしまったな、と思っています。

また、4日目(日曜日)までは、左に傾斜しているところが多く、その傾斜に助けられて、右に飛んでも戻ってくることも多かったので、キャディの小沼くんと「右にニューポートの女神がいるな」って言ってたんです。
でも、5日目はいなかったっぽい(苦笑)。
日曜日までは自分についてくれていたんですけどね。

「スーパーのレジで支払いをしていた現地の女性にも「ナイスプレー」と言われ、嬉しかった!」

羽田空港には、優合子夫人(中央)、師匠の芹澤信雄がかけつけ、藤田の帰国を出迎えた。©Eiko Oizumi
2位の藤田には、USGAから銀メダルが贈られた。©Eiko Oizumi
帰国後、羽田空港内で記者会見が行なわれ、メディアからの質問に答える藤田。©Eiko Oizumi

選手やギャラリーなど現地の周囲の反応は?

選手や街の人から、声をかけられることはすごく多かったですね。
ロッコ・メディエイトも練習場で「頑張って」って言ってくれたし、ボランティアの方からも声をかけられました。
街に食事に行ったら、街中がシニアオープン一色という感じで、みんな知ってるんですよね。
レストランに行く途中にバーがあったんですが、そのバーで自分に気づいた人がいて、酔っ払いに絡まれそうになりました(苦笑)。
また、スーパーに買い物に行ったら、自分の前にレジで払っているおばさんが、「すごいナイスプレーだったね」って言ってくれて。
「残念だったね」という人がいなかったのは、自分にとってありがたかったです。

今回、優勝争いの末に2位に入ったからといって、まだ1回だけだし、今まで30位以内に入れなかった時とどう変わったのか?と言われると、自分の中でもまだ処理できていないところも正直あります。
ただ、2位になったのは事実であり、プレーオフまで行ったという事実もある。
今後は一緒に回る選手もちょっと変わってきて、いいペアリングで回るようになってくると思うんで、そういう選手たちによって、自分自身を引き上げてもらえたらすごく嬉しいですね。
新たな可能性はあるし、自分の技術やゴルフ、気持ちが今後、どうつながっていくのかも楽しみです。
やはり、この結果を残せたのが一番の収穫。帰りの機内のビデオで、「ゴルフチャンネル・ライブ」をやっていて、自分の名前と映像がそこに映っているわけですよ。
今までは、一ゴルフファンとして観ていたものに、自分がいるという状況を見ると、自分がそこに行けた、というのを実感できる出来事でした。

かといって、自分が勘違いして「強くなった」と思えればいいんですけど、勘違いできないタイプなんですよね。
今も国内レギュラーツアーに出ていますが、シニアとレギュラーは全然違う。
若手の中で、自分がどこまで戦えるのかも知りたいし、若い人たちの元気のいいゴルフとか、パワーのゴルフ、技術も彼らはたくさん持っているし、新しい技術もある。
だから、レギュラーに行くといろいろ気付かされるんです。
この間も若手のアプローチの打ち方を見て、自分もそれを試して、海外メジャーでも実際使ってみたり。
今まで自分がやったことのないような打ち方なんですけど、すぐ取り入れられる技術を、結構最近では使っています。

この後の海外メジャーは「全英シニア」がありますが、でも楽しみではないですよ。
毎回、期待されても困ります(笑)。

師匠・芹澤信雄からの一言に自信

芹澤さんはずっと指導して頂いている唯一の存在。
今回も師匠から激励のメッセージを頂いて嬉しかったですね。
過去に優勝した時も、前日に自分が不安要素があると、メッセージで返して頂いて、何か1ヒントを頂けたり……試合中、1つだけを持ってプレーしてたり。
よかったですね。

日本シリーズで3連覇をした頃に相談していたんですが、ある瞬間からしなくなって。
賞金王になったくらいからかな。
それまではこういうことを思ってプレーすればいいんじゃない?っていうのがあったんですけど、師匠が最終的には「お前のゴルフをすればいいんだよ」と言って頂いた瞬間があって、自分はそれがすごい出来事だと思ったんです。
自分のことをやればいい、と初めて師匠が言ってくださった。
それからは、優勝争いの最終日の前日に、不安に思うことを綴るメッセージを送ることはほとんどありません。
でも今でも、悩んでいる時は、相談します。
年に少なくとも3~4回くらいありますね。

「日米のシニアオープン制覇、おめでとう」ってコメントを決めてたんですよ!芹澤信雄

師匠の芹澤信雄(左)から、プレー後に「55歳になったこれからも、厳しく精進して頑張れ」と激励のメッセージが贈られたという。©Eiko Oizumi

今回、試合が終わった後で、「よくやったな。また新たなものが見えたんじゃないかな?これからも精進して頑張れ」とメッセージを送りました。
彼も55歳でここまで頑張ってくれているんで、これ以上頑張れとは言えないんですけど、本当に今回は強すぎて、何をコメントすればいいのかと思っていました。
選手の立場で言えば、8ホールで3打差(最終ラウンドは10番ホールまで日曜日にプレーして、中断。月曜日には11番ホールから8ホール)という状況でしたが、早く終わりたいのに終われないし、1ラウンドで3打差なら逆転される可能性があるけど、あと8ホールで3打差となれば、余計なことを考えなきゃいいな、と思ってました。
彼は38歳くらいから海外メジャーに行き始めて、ゴルフに対する姿勢がすごく違ってきたし、「日本シリーズ」と「日本シニアオープン」を取って、レギュラー時代からメジャーにすごくこだわってたんで、今回も「日米のシニアオープン制覇おめでとう」ってコメントを決めていたんですよ(笑)。
本人が一番高いところに考えていた試合で、ここまで戦えたことについて、すごいなと思うし、後輩ながらゴルフに対する姿勢を尊敬しています。

宮本勝昌&増田伸洋も出場!

宮本勝昌は、通算1オーバーで38位タイに終わった。©USGA
増田伸洋は、77、73の通算10オーバーで予選落ち。©USGA

全米シニアオープン 最終成績

優勝リチャード・ブランド−13
2位藤田寛之−13
3位リチャード・グリーン−10
4位スティーブ・ストリッカー−9
5位トンチャイ・ジャイディ
ボブ・エステス
−8
7位ビジェイ・シン−7
8位アーニー・エルス
スティーブン・エイムズ
ポール・スタンコウスキー
−6
16位パドレイグ・ハリントン−3
31位リー・ウエストウッド
レティーフ・グーセン
E
38位宮本勝昌+1
42位ベルンハルト・ランガー+2

予選落ち/増田伸洋、リー・ジャンセン、コリン・モンゴメリー、トム・レーマン  棄権/マイク・ウィア

Text & Photo/Eiko Oizumi
Photo/USGA

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