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タイガーがマスターズで埋めた11年間の空白とタイガーが歩む次のステップ

タイガーのマスターズ優勝までの道のりは、前人未到の山登りのような行く末のわからない険しいものだった。腰の手術を受け、リハビリに励んでいたのは今から2年前。タイガーの言うように、歩くことも難しく、痛み止めを飲みながら、治療に専念する日々が続いた。医師の指示に従って、パターやアプローチなど少しづつ練習はしていたものの、本人も「以前のようなレベルで試合に出て、優勝争いができるかどうかはわからない」状況だった。

「数年前は歩くことも、座ったり、横たわることもできなかった。何もできなかったんだ。それが幸い、腰の手術がうまくいって、普通の生活が送れるようになった。そして突然スイングすることもできると気づいた。体は昔の若い頃のものとは違うが、まだ技術はある。過去のメジャー14勝はいつも単独首位か首位タイで最終日を迎えていたが、こうして逆転優勝できたことは、おそらく過去最大の勝利のひとつだろう」

 ここは名医を讃えるべきであろうが、タイガーの手術は成功し、その後のリハビリも時間はかかったものの順調に進んだ。昨年からツアーには本格復帰し、復帰戦のファーマーズインシュランスで23位タイに入り、バルスパー選手権で2位タイ、アーノルド・パーマー招待で5位タイに入る活躍を見せた。その後、全英オープン6位タイ、全米プロ2位など、メジャーでも戦えるレベルにまで復活してきたのである。そして9月のフェデックスカップ・ファイナルではトップ30 入りを果たし、最終戦のツアー選手権で2013年以来5年ぶりの優勝。この勝利でタイガーは「自分はまだ試合で勝てる」と確信した。そしてその自信を胸にマスターズで戦い、ついに14年ぶりにマスターズを制覇。11年ぶりのメジャー優勝を果たした。

 タイガーがメジャー優勝を最後に遂げたのは、ヒザを負傷し、痛みをこらえながら、ロッコ・メディエイトとのプレーオフを戦い抜いて優勝した08年の全米オープン。ヒザのケガを抱えながらも、片足でメジャーを勝てたのだから、ケガさえ治ればもっと簡単に優勝できるーー当時は誰もが、ジャック・ニクラスのメジャー18勝の記録など、あっという間に抜き去り、あと100年以上は誰も記録を塗り替えることのないくらい、圧倒的な勝利数を挙げ続けるだろうと予想していたと思う。

 だが、現実にはその後、不倫が発覚しエリン夫人とは離婚。私生活のトラブルが引き金となって、一気にタイガーは人生の谷底を見ることになる。2015年のファーマーズインシュランスオープンで見た、タイガーのあの痛ましい姿は今でも忘れられない。練習場でショートアイアンを打っても、まともに真っすぐ打つこともできず、アプローチもシャンクの連発。思わず周囲に居合わせたパット・ペレツやビリー・ホーシェルが彼の打席に歩み寄り、手振り身振りを交えながら、打ち方を教えていた。「今のタイガーなら、勝てる自信がある」……プロだけでなく、アマチュアでもそう思えるほど、当時のタイガーはボロボロだった。あれほど他を凌駕し世界王者の座に君臨していたタイガーが、彼のプライドもズタズタになりながら、ひどい姿を晒して練習していたのは、今からたった4年前のことである。

 何度も繰り返されるケガと手術に見舞われる日々も、彼のツアー人生をメチャメチャにした。メジャーどころか、通常のツアー優勝さえも不可能なのではないか?と思われたほどだ。ゴルフファンだけでなく、おそらくタイガー自身も、この空白の11年間は予想できなかったのではないかと思う。ゲーリー・プレーヤーやアーノルド・パーマーにも「タイガーは再び優勝できると思うか? メジャーで勝てるか?」と質問したことがあったが、彼らの答えは「メジャーはNO」だった。

 しかし昨年、ツアー選手権で優勝し、ツアー通算80勝目を達成した彼は、一気に自信を取り戻す。今年に入ってショットの打ち分けも以前のように少しづつできるようになった。パッティングに関しては、以前のようなツアーでも1.2位を誇る数値からは程遠いが、最近練習ラウンドをよく一緒にするジャスティン・トーマスのショートゲームコーチであるマット・キレンの指導のおかげで、今回も長いパットや繊細なパットが良く決まっていたと思う。

 「最もつらいのは、以前のように練習ができないということだ。背中が痛くなるから、長時間練習することはできないし、全ての練習をひとつひとつすることはできない。その中のいくつかをピックアップして練習しないといけないんだ」

 43歳になり、加齢による体の変化や衰えについて言及することが多くなっているタイガーだが、シャフトを軽量化したり、以前は使ったことのなかった「カチャカチャドライバー」などをトライするようになり、クラブを滅多に変えない彼が、最近では最先端のテクノロジーも取り入れる柔軟性も生まれた。

 また柔軟性という意味では、人間関係においても、ジャスティン・トーマスやブライソン・デシャンボーといった若手とも友人のように付き合うようになった。以前は、マーク・オメーラやフレッド・カプルス、デービス・ラブⅢら年配の選手たちにかわいがられていたタイガーの印象がガラッと変わってきたことは確かだ。

マスターズ 最終日

2019年4月14日ジョージア州オーガスタのオーガスタ・ナショナルGCで開催されたマスターズで、タイガー・ウッズ(米国)が優勝を決めた後表彰式でトロフィーを掲げて喜びを表す。(Photo by Andrew Redington/Getty Images)

そして最近では、以前よりもきちんとファンたちにサインをするようになり、私も現場で会うと、笑顔で挨拶してくれる。こないだは、自ら手を差し出し、ガッツリと握手をしてくれた。
 タイガーは、よほど普段から親しく付き合っている米国人記者を除いては、基本的にはメディアのことは「無視」である。目の前を通っても素通りで、目も合わせない。だがスキャンダル後、長年スポンサーだった企業が次々に契約解除し、ツアープロで彼を慕っていた弟分たちもまた、タイガーの家族への裏切りに疑問を感じて彼の元を離れていく選手が多くなると、人恋しいのか私のように時々アメリカにやってくるメディアが普通に挨拶するだけでも、ハグして応えてくれていた。それだけその当時はタイガーも寂しかったのだろうと思う。
 つい最近では、マスターズの大会前日に行われた「ISPSハンダ・全米記者協会授賞式」で彼とは接触があったが、試合直前とはいえピリピリした様子もなく、笑顔で接してくれた。以前の、人を寄せ付けない怖いタイガーとは違ってきたのである。これも、サムとチャーリーという二人の子供の父親となり、空白の11年間で人生の荒波に揉まれ、いろいろなことを経験したことが大きいと思う。いろいろな人間に出会い、中傷して去っていく人もいれば、苦しい中で助けてくれた人たちも大勢いる。タイガー自身がそんな経験の中で、人間的に成長した証と言えよう。

来月にはベスページ・ブラックでの全米プロ、6月にはペブルビーチでの全米オープンが開催される。いずれもタイガーが優勝したことのある得意なコースだ。「メジャーでも勝てる!」という自信をつけたタイガーが、今後はジャック・ニクラスの持つメジャー18勝の記録更新に向け、一気に加速して欲しいところだが、今のツアーにはローリー・マキロイ、ダスティン・ジョンソン、ブルックス・ケプカ、フランチェスコ・モリナリ……とあらゆるタイプの猛者がいて、そう簡単には勝たせてくれないだろう。タイガーももう若くはない。だが、タイガーには他の選手が持っていない3つのことがある。
 1つは経験。2つ目はメジャーで15勝を挙げてきた、という自信。そしてもう一つは、本調子になった時の真の強さだ。彼にはまだのびしろが十分ある。マスターズで勝てた時も、まだショットやパットに関しては発展途上中だった。これらが完璧に3つ揃えば、かつてのようにメジャーで常に優勝争いの位置に自分を持っていくこともできるし、ついにボビー・ジョーンズ以来の「年間グランドスラム」も達成する可能性がある。

 彼に課された今後の目標は、ツアー最多82勝を誇るサム・スニードの記録更新(現在ツアー81勝)、ニクラスのメジャー18勝の記録を更新、そして年間グランドスラムである。
 それと忘れてはいけない、2020年東京オリンピックでの金メダル獲得だ。

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