Text/Eiko Oizumi
Photo/USGA
今年のメジャーは、「マスターズ」の松山英樹優勝といい、日本人に追い風が吹いているようだ。
プロとアマの世界一女子ゴルファー決定戦「全米女子オープン」は、有観客で米国サンフランシスコのオリンピッククラブ・レイクコース(6457ヤード)で行なわれ、笹生優花が樋口久子(全米女子プロ)、渋野日向子(全英女子オープン)に続く、日本人女子3人目となる海外メジャー制覇を果たした。なお、笹生は今大会をフィリピン国籍で出場しており、フィリピン人としては男女初の海外メジャー制覇。19歳11ヶ月17日での優勝は、奇遇にも朴仁妃の持つ史上最年少優勝に並ぶ記録となった。
3日目を終え、首位のレキシー・トンプソンに1打差の2位で最終日を迎えた笹生は、序盤に2連続ダボを叩き、一時はトンプソンと5打差をつけられていた。予選ラウンド2日間を終えて首位で折り返し、3日目もトンプソンに首位の座を明け渡したものの、精度の高いショットと抜群の安定感を誇るショートゲームで好プレーを持続していた笹生。だが、最終日はメジャーの重圧と、世界のトップランカーであるトンプソンからのプレッシャーを感じたからか、大きくスコアを崩し始めた。このままメンタル面でメジャー初優勝のビッグチャンスを逃すことになるのか……。日本でテレビ観戦していたゴルフファンたちも、笹生よりもむしろ、畑岡奈紗の追い上げに注目していた人も多いだろう。しかし笹生はバック9で息を吹き返し、終盤に2連続バーディを奪取。前日までのピンを刺すようなショットも復活し、最終ホールのグリーン上でトンプソンがボギーを叩いたことで、笹生と畑岡の2人の「日本人プレーオフ対決」へと突入したのだった。
2ホールを終えて、両者引き分けで決着がつかず、次のサドンデス1ホール目で笹生がバーディを決め、笹生の勝利が確定。最後のパットを決めた瞬間、ガッツポーズを繰り出し、キャディとハグで祝福した。
「すごく嬉しいです! 今まで自分を支援してくれた人たちに感謝したい」
「最初の数ホールはダブルボギーを叩いて、とてもバタバタしてたけど、キャディから“まだ先があるから、頑張ろう”と言われ、それができたのがよかった」
公式記者会見では英語、タガログ語、日本語で対応。過去のチャンピオンの中でも、彼女のように3ヵ国語で対応した選手は初めてだろう。プロ入り後、彼女にとっては今大会が初の有観客試合だったというが、サンフランシスコ在住のフィリピン人、日本人ギャラリーも笹生に声援を送り、フィリピンの国旗を掲げて応援していた人もいた。
なお、笹生は日本人の父親を持ち、フィリピン人の母親を持つ。現在はフィリピン国籍で海外試合に出場しているが、東京オリンピック後は日本国籍を取得することになっている。
なお、今回の優勝は今後の彼女の人生を大きく変える分岐点となった。優勝賞金では女子メジャーの中でも最高額の約1億1000万円を獲得。念願のLPGAツアーの5年シードも獲得した。また「全米女子オープン」は10年間、他のメジャー4試合は5年間の出場権を獲得。これにより世界ランクを気にすることなく、当分は好きなようにメジャーに出ることができるようになったのだ。
「将来、世界一になりたい」
笹生はこの夢を、ゴルフを始めた8歳の頃から抱いていた。世界で戦えるようになるために、早朝から父・正和さんと二人三脚で、父の考案したきついトレーニングにも耐え、嫌な顔一つせずに取り組んできた。両足に10キロの重りをつけてランニングやラウンドをこなしたことで、強靭な下半身を作り上げることに成功。平均飛距離260ヤードという日本人女子プロの中では1位を誇る飛距離も、このようなトレーニングの賜物である。
以前は「全米女子プロ」で鮮烈なデビューを果たしたヤニ・ツェンのスイングに憧れ、真似たこともあったが、今はローリー・マキロイに憧れ、スイング法も取り入れている。大会期間中、海外メディアからもその点に注目され、最終的にはSNSなどを通じてマキロイ本人にもYUKA SASOの名前とスイングを知らしめることとなった。マキロイからは「優勝トロフィーを取りに行け!」とSNSを通じてエールを贈られた笹生。優勝直後のインタビューで、「朝、インスタを見て、すぐに返事を打てばよかったけど、すごく忙しかったから(その時はできなかった)。すごくハッピー!」と笑顔で答えた。
19歳の笹生優花のプロゴルファー人生は、まだまだ始まったばかり。世界最高峰の「全米女子オープン」のタイトル獲得を手始めに、憧れのアニカ・ソレンスタムのようにメジャーでグランドスラムを達成し、米ツアーで何十勝もできる選手となるよう期待したい。