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娘のために真夜中に薬局へ駆け込んだJ.J.スポーン
父の日につかんだ「全米オープン」初優勝

Text & Photo/Eiko Oizumi

「全米オープン」でメジャー初優勝を飾ったJ.J.スポーン。

 豪雨と霧に見舞われ、厳しいコンディションの中行なわれた「全米オープン」最終日。初日にノーボギーの66(4アンダー)を記録し、単独首位に立ったJ.J.スポーンは、最終ホールで20メートル超の劇的なバーディーパットを沈め、2位のロバート・マッキンタイヤーに2打差をつけて「全米オープン」初優勝を飾った。メジャー初制覇にして、2022年「バレロ・テキサスオープン」以来のツアー通算2勝目。今季は「ソニーオープン」3位タイ、「コグニザントクラシック」2位タイ、「プレーヤーズ選手権」2位など好調だった彼が、自身2度目の「全米オープン」で快挙を達成した。

「正直、どんなに調子が悪くても、とにかく1打1打に集中して、自分を奮い立たせ続けようとした。今年1番の違いは、それができたことだと思う。運も味方してくれて、こうして優勝トロフィーを手にすることができた」

 小さい頃からプロゴルファーになるための英才教育を受けたわけではないというスポーンは、16歳、17歳で「全米ジュニア選手権」に2回出場したのが、初めての全米ゴルフ協会(「全米オープン」も開催)の大きな試合だったという。その頃から自分の可能性を感じるようになり、一歩一歩、ジュニアゴルフ、大学ゴルフ、プロ転向と進み、PGAツアーで優勝することもできた。しかし、昨年の今頃は「全米オープン」にも出場できず、世界ゴルフランキングでは159位と低迷。「去年の6月には仕事を失いかけていた。このまま終わるなら、最後くらい自分らしく振り切ろう。とにかく自分のスイングにコミットし、結果はどうあれ、自分が納得できるスイングをしよう」という気持ちで今大会にも臨んでいたという。

「とにかく諦めなかった。これまでも、どんなレベルでもスランプを経験してきて、その度に乗り越えてきた。“これまでだって乗り越えてきた”と自分に言い聞かせてプレーした。まぁ、このパターンは繰り返したくはないけど(笑)、今日は自分にとって最高の1日になった」

大勢のギャラリーが、スポーンのショットに注目。

 初めてのメジャー優勝を前に、肉体的にも精神的にも不安要素なく最終日を迎えたいところだったが、最終日直前に、あるアクシデントが舞い込んだ。娘が真夜中に体調を崩し、夜中の3時に薬局に駆け込んだのだという。

「実は娘が夜中に嘔吐して、朝方3時に妻に“バイオレットの吐き気が止まらない”と。それでCVS(薬局)に走ったんだ。朝からバタバタで……でも、試合の緊張をかき消す意味ではよかったのかも。家に帰ると子供達がいて、ゴルフのことなんて忘れさせてくれる。それが僕にはちょうどいいんだ」

 寝不足がたたったせいか、あるいは優勝争いの緊張感からか、最終日は序盤から波乱含みだった。1番ホールから3連続ボギー。特に2番ホールでは、ピンを直撃した2打目がグリーン奥にこぼれ、貴重なバーディーチャンスを逃した。6ホール終了時点で5つスコアを落とし、優勝争いからは脱落したかに見えたスポーン。しかしその後、悪天候のため試合が中断となり、約90分のブレークが彼の運命を変えることになる。

「再開後の9番ティーショットを完璧に打てた瞬間、戻ってきた、と感じた」という彼は、15番で再びボギーを叩くも12番、14番、17番とバーディを奪取。
リーダーボードの上位に復活した。耐えに耐えて迎えた18番、雨が強まる中、同伴競技者のビクトル・ホブランのパットから得たライン情報を頼りに打った20メートル超のラストパットは、ゆっくりとカップへ吸い込まれてバーディ締め。18番ホールでバーディーを取ったのは、スポーンを含めて66人中たった4人(J.J.スポーン、ジョン・ラーム、マット・ウォレス、松山英樹)。3番目に難易度の高いホールでスコアを伸ばして、劇的優勝を果たした。カップインの瞬間、天を見上げ、大きくガッツポーズ。キャディと抱き合い、何度もグリーン上を舞った。

「あの中断は、僕にとってはよかった。『プレーヤーズ選手権』でも同じようなことがあって、前半は苦しんだけど、4時間の中断後に盛り返してプレーオフまでいけた(マキロイとのプレーオフの末、2位に終わった)。今回、コーチもキャディも“これは絶対にプラスになる”と言ってくれて、本当にその通りだったんだ。ウエアも着替えて、心機一転、気持ちを切り替えられた」

 ホールアウト後は、グリーン周りで待つ家族のもとへ。体調を崩した娘も優勝の瞬間に立ち会い、父親の快挙を祝福していた。そして娘を抱いて、アテスト場へ。「100%、僕は世界一幸せな男だ。この4日間の締めくくりがこれだったなんて、本当に夢のようだ」と幸せを噛み締めたスポーン。試合が終わるたびに娘に「パパ、今日は勝ったの?」と聞かれるそうだが、この日、愛娘が自分の目で自分の優勝を見届けたことについて、「最高だ」と語った。

 「父の日」だった最終日は、スポーンにとってプロゴルファーの前に、父親としての責任を果たすことから始まった。その長く試練の多かった1日をこうして家族とともにメジャー初優勝という形で終えることができたことは、手厳しいオークモントの神様からのご褒美だったのかもしれない。今回の優勝で世界ランクも一気に8位に浮上し、9月の「ライダーカップ」ランキングも3位に浮上。来年の「マスターズ」にも出られるし、シード権の2年延長という特典も獲得できた。プロゴルファーをやめることも覚悟して挑んでいた今シーズンだが、彼のゴルフ人生は終わるどころか、これからが本番のようだ。

妻のメロディ夫人(左)と2人の娘に優勝トロフィーを見せるスポーン。
バーディーパットを沈めた瞬間、パターを空高く放り投げ、キャディと抱擁。
最終日は、悪天候のため、約90分の中断を挟んで行なわれた。
2位には、スコットランドのロバート・マッキンタイヤー(右)が入賞。優勝したJ.J.スポーンとは2打差だった。

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